寿司テロをはじめとする迷惑行為を許容する構造的欠陥

 先日、スシローにバイトテロが発生した。スシローの株式時価総額は約160億円程度下落したという。ただ、歴史を紐解いていくとバイトテロは以前より定期的に行われてきているものであり、もはや珍しいことではない。そういう意味では、事前に十分な対策を行わなかった企業側に責任があるのではないか、とも言える。今回、民事と刑事の両面から訴えるということだが、本質的な課題は訴訟による抑止力で迷惑行為の潜在因子を潰すことではなく、迷惑行為のできない仕組み作り、にあると考えている。

目次

今回の寿司テロ概要

 高校生が、醤油ボトルの注ぎ口・未使用の湯呑みを舐める、といった迷惑行為をしたというもの。この高校生は一連の行為を「この程度のこと」とコメントしており、悪いことと認識している様子はない。株価下落とネット上のインフルエンサー群が盛り立てていることで、今まで以上の注目度になってはいる印象で新しいことではない。過去に何度も目にしたニュースの一つである。一方で、今回の件については、裁判での言及があるようで、厳しい印象である。以前、別の回転寿司チェーンでの迷惑行為でも書類送検までいっており、少なくとも回転寿司チェーンにおいては、迷惑行為を行った者への対応は厳しいものになりそうだ。
 では、迷惑行為を行った者への対応・処分を厳しくすれば、今まで通りの経営環境へ戻すことが可能なのであろうか。私はそうは思わない。少なくとも監視機能の働かないセルフサービス店舗で、迷惑行為者へ厳しい対応をしたところで、何かイタズラされているかもしれない、という疑念を解消することは不可能であるからだ。熱烈なファンを除く一般層の認識は、低価格で美味しい、の前に安心・安全であると考えているからである。そういう意味では、迷惑行為を抑止する対処療法を行い、根本的な解決がなされていないことが、昨今のSNS上での動画投稿によって発覚したのではないだろうか。

論点の整理

 単に、不衛生だ、迷惑行為だ、といって騒ぎ立てるのではなく、このような行為が起こされる原因はなんであるのか、という視点に着目したい。迷惑行為全体について考えるならば、サービスの生産者とサービスの消費者、の両面から考えるべきだが、今回は顧客の迷惑行為であるので、消費者に着目して記述する。
 第一に、本人は企業に重大な影響を与える行為であるとの自覚がない、ということだ。今回の迷惑行為を引き起こした高校生のコメントにもあるように、当人にとっては「この程度のこと」なのである。実は別の回転寿司チェーンで迷惑行為を起こした顧客が書類送検になっており、それなりに大きなニュースにはなっているのだが、それ自体が抑止力にはなっていない。
 第二に、繰り返されている、ということだ。基本的に企業側が監視行動に力を入れていないことを意味する。同じことが同じ業態で繰り返されているにも関わらず、迷惑行為の可能な状況が維持されていることは、企業側の怠慢と考えざるをえない。
 第三に、SNSでしか確認できない、ということだ。これは外食産業が経験財であるということである。経験財は消費することで初めて価値を享受することのできる財である。回転寿司における迷惑行為を例に考えると、SNSで投稿されて不衛生な迷惑行為が行われている、と分かるのである。不衛生な迷惑行為がされているかもしれない飲食店、という印象をあたえるのである。
 このように整理してみると、事後対応で訴訟すれば良い、では済まなくなっているように思う。仮に数年の間、迷惑行為に関する動画がSNS上に投稿されなくなったとしても、不衛生な迷惑行為が行われていない、ということではない。積極的に、不衛生行為が行われていないという従来から着目される鮮度や無添加とは別軸の”安心”を打ち出していかないといけなくなったのである。

価値共創マーケティングによる考察

 では、消費者は何を価値と認識し、何を消費しているのだろうか。近年のマーケティング理論を紹介しようと思う

共創マーケティングとは

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サービス・ドミナント・ロジック

 サービス・ドミナント・ロジックでは、商品(製品やサービス)を交換(取引)することで価値(交換価値)を発揮するというグッズ・ドミナント・ロジックと対比され、実際に利用・使用することによって享受する価値(使用価値)を発揮することを目的としている。

主な特徴
  • 使用価値
    • 商品の価値は、顧客が利用して、はじめて生み出される
  • 文脈価値
    • 商品の価値は、多様な背景を持つ顧客が決める
  • 価値競争
    • 顧客は主体的な存在で、価値は顧客と企業が一緒に生み出すものである
具体例

 基本的に良い例が採用されることが多いため、あえて悪い例を挙げようと思う。

 これは森永乳業が紙パックジュースのパッケージデザインを人気アニメとコラボしたしたもの。公式にコメントされている通り、本来の意図と違う形で取り扱われている、とのこと。その使われ方はTwitterで拡散されており、不快、とのコメントが寄せられたことを受けてのコメントだろう。
 しかしながら、顧客各々がどのような使い方をしても、紙パックジュース自体の品質が変化することはない。では、価値はどうであろうか。結果的に人気アニメの品位を下げる商品・不快な消費(使用)されている商品、といったイメージがつきまとうことによる価値の低下が予想される。これを先の特徴と照らし合わせる。

  • 使用価値
    • ジュースとして飲む
    • パッケージデザインを眺める
    • 紙パックを洗うなどして、コレクションする
    • その他、他人が不快に思うような利用の仕方をする
  • 文脈価値
    • 好きなアニメのキャラクターがパッケージの商品
    • 好きなアニメの品位を下げた商品
  • 価値共創
    • 消費者の消費方法によって最終的に価値が規定される
    • 必ずしも企業の想定する価値が発揮されるわけではない。

 このように考えると、事前に使用方法を制限する仕組みが必要であったのではないか、と考える。紙パックの性質上、顧客は簡単に加工等が可能である。特に紙パック自体に付加価値をつけたキャンペーンであることから、容器を紙パックから変更することも含めて商品を考える必要があった。

参考URL

サービス・ロジック

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回転寿司と共創マーケティング

 回転寿司と価値共創の関係性は、一般的な他の商品・サービスと比較して非常に深いものがある。それは、顧客が商品品質に関わるセルフサービスであることである。セルフサービス自体が迷惑行為を許容する仕組みであるかのような印象を与えるかも知れないが、実はそうではない。

  • 他の顧客に影響を与えないもの
    • 決済(セルフレジ)
    • 配膳(指定の場所で料理等を受け取り、戻す)
    • 個包装の調味料
  • 他の顧客へ影響を与えるもの
    • 共用で使うもの
      • カラオケの部屋
      • 飲食店で備え付け品
        • 調味料
        • 取り皿
        • バイキングなどのトング

 このように考えると、セルフサービスの類型によって迷惑行為の評価は変わってくる。回転寿司のセルフサービスを視る際に、一人の顧客が他の顧客へ与える影響の有無を考えると事情が変わってくる。
 回転寿司の場合、他の産業と比較して極端に「一人の顧客が他の顧客に影響を与えるセルフサービス」が多い。レーンを経て手元に届く寿司、誰でも気軽に取れる湯呑み、様々な調味料、商品の中心がセルフサービスによって提供されている。そして、これは価値提供のプロセスの一端を顧客が担っているのだから、最終的な品質を商品提供者が管理することの重要性を強めている。こうした業態であるにも関わらず、デジタル化による省人化・ボックス席による隠蔽性、を推し進めた結果、SNSの普及と相まって、迷惑行為が明るみに出ることとなった。元々、監視機能だけは守らなければならない業態でありながら軽視する、という構造的欠陥が明るみになった、とも言えよう。
 今回のような事件の防止策は、単に法的手段によって行為者を糾弾すれば良い、というわけではない。そもそも、課題・問題は何か、ということに向き合わなければならない。先に述べたような、セルフサービスと迷惑行為の容易な環境、によって迷惑行為が繰り返し行われているのだから、まず、これを対応しなければならない。さらに言えば、迷惑行為の有無を把握し是正する仕組みができあがっていないのだから、我々はSNS上の迷惑行為しか把握できない。つまり、誤解を恐れずに言えば、SNS上に公開されていない迷惑行為に関しては、企業は感知せず、不衛生な商品・サービスが提供されていたことになる。これに対する消費者の不信感は図り知れないものがあるだろう。
 結果、回転寿司企業は、迷惑行為者の糾弾(法的行為に係る短期的なコスト)・不信感による客数の減少(長期的なコスト?)という2つのマイナスを被ることになる。

解決案

 解決案としては、絶対に他の人に迷惑行為のされない、を売りにする。
 調味料や粉末茶を個包装にし、湯呑みや箸は人数分提供する。人数の把握は番号札を発見する際に入力するため、難しくはないだろう。また、寿司は開店させず、直接届くようにする。すでに導入している店舗もあるが、早めの新幹線の容器が通常の倍くらいの速さで席に直接届く。速度が早いのでイタズラはしにくい。これらに加え、センサーやカメラを店舗内に配置することで迷惑行為を感知できるようにする。
 最も大きな点は、SNSに投稿されなくても、寿司屋側が迷惑行為を把握し、是正することができる点だ。このようにすれば、少なくとも、何をされているか分からない、という印象を和らげることが可能であり、さらには、動画投稿をしなくても逮捕されるという強い抑止力を与えることができるかもしれない。ただ、金銭的なコストがどうしても大きくなる。例えば、会員登録をするのも良いかもしれない。迷惑行為を行った場合に設備投資のX%を負担するというような条項を設ければ、賠償金よりも多くの資金調達が可能かもしれない。会員登録制は事前にクレジットカードを登録することで、店舗内で決済を不要にするサービスがかのうである。昨今は注文がデジタル化しているわけだから、会員情報と支払いを紐づけることで可能だろう。

おわりに

 このように、理論を交えて今回の出来事を考えてみると、訴訟、では解決することができないことが分かる。訴訟が迷惑行為に対する抑止力にはならないという前例ができている以上、仮にSNSでの投稿が停止されようとも、迷惑行為は繰り返し行われているかもしれないという不信感を払拭する必要がある。近年の回転寿司チェーンの掲げる戦略の一つに、テクノロジー活用による省人化、を挙げることができる。例えば、数年前は店内に入れば店員が席まで案内していたが、近年ではタッチパネルを操作し番号札の席に座るといった具合だ。店員の目が届きにくくなったことで、顧客側の監視意識も減り、精神的に迷惑行為がしやすくなっているのではないだろうか。
 寿司テロに関して言えば、訴訟で解決することはない、と私は考えている。悪いことをしている、という認識をせずに寿司テロを行う人たちは常に一定数いるであろうから、定期的に繰り返され、その度に信頼を失っていくことは目に見えている。対策としては様々あるだろう。例えば、湯呑みを配膳する、抗菌カバーを寿司につけ重さを感知させる、などするだけでも大きくかわるだろう。今後、変わらず迷惑行為が繰り返されるのか、それとも、解決による売上が上昇するのか、注目である。

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